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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6218号 判決 1967年9月14日

原告 漆原徳蔵

右訴訟代理人弁護士 竹内竹久

被告 岡田フク

<ほか三名>

右被告等訴訟代理人弁護士 材津豊治

主文

一  原告に対し、

被告岡田フクは金八六一、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年七月二三日から、

被告岡田徹也は金五七四、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年七月二四日から、

被告高原良江は金五七四、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年七月一一日から、

被告岡田清は金五七四、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年九月一二日から、

いずれも支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告等の負担とする。

三  この判決は、被告岡田フクに対しては金二五万円、その余の被告等に対しては各金一五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨とその答弁)

原告は「原告に対し、被告岡田フクは金八六一、〇〇〇円、被告岡田徹也、同岡田清、及び同高原良江は、それぞれ金五七四、〇〇〇円及び右各金員に対する訴状送達の翌日より支払済みに至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告等は「原告の請求はいずれも棄却する。」との判決を求めた。

(請求原因)

(1)、原告は昭和三〇年一月二六日岡田斧次郎と同人が原告に対して負担する金五五〇、〇〇〇円の債務の弁済にかえて、同人が国から払下を受ける東京都世田谷区世田谷一丁目一六八番地の一、国有地一五七坪九合八勺の所有権を原告に対し移転する旨の契約を締結した。そして同人は、昭和三〇年八月九日国から右土地の払下を受けた。

(2)、然るに同人は昭和三〇年八月一一日、右土地を一二三坪三合一勺(以下本件土地という。)と三四坪六合七勺とに分筆し、同日前者の土地を三須はるに売却し、所有権移転登記をした。よって、岡田斧次郎の原告に対する本件土地の所有権移転登記義務は履行不能となり、または同人は故意又は過失により原告の本件土地の所有権を喪失させ、原告に損害を被らせた。

(3)、本件土地はその後値上りをつづけ、岡田斧次郎は履行不能時にこの事実を知りまたは知りえたのであるから損害賠償額の算定基準時期は、口頭弁論終結時が妥当である。そして本件土地の口頭弁論終結当時の時価は坪当り金七万円を下らない。しかし、原告と岡田斧次郎との前記契約の際、原告は本件土地の所有権の譲渡を受けると同時に、同人に対し本件土地を賃貸することを約したから、右賃借権の評価を土地の価格の七割と算定し、これは原告の取得すべき利益ではないから、残余の三割が原告が被った損害となる。従って同人は原告に対し坪当り金二一、〇〇〇円の割合によって算出した一二三坪分(坪数以下端数切捨)の価格合計金二、五八三、〇〇〇円の損害を賠償する義務がある。

同人は、昭和三六年一〇月二九日に死亡し、その妻である被告岡田フク及びその子であるその余の被告等が相続によりその債務を承継した。相続分は被告岡田フクが三分の一、その余の被告等が各九分の二であった。

(4)、よって原告は、損害賠償として被告岡田フクに対し金八六一、〇〇〇円、その余の被告等に対し各金五七四、〇〇〇円宛、及び右金員に対する訴状送達の翌日から支払済みに至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因事実に対する認否)

請求原因事実中、本件土地の口頭弁論終結当時の時価が原告主張のとおりであること岡田斧次郎が土地の値上りを知っていたことを否認し、その余の事実を認める。岡田斧次郎が本件土地を三須はるに売却し移転登記をした当時、本件土地の時価は金九〇〇、〇〇〇円である。

(抗弁)

(1)、履行不能又は不法行為による損害賠償請求に対して。

岡田斧次郎が昭和三〇年一月二六日原告との間で結んだ契約は、原告の大阪鉄道産業株式会社に対する五〇〇個の鞄の売買代金債権の履行を保証する趣旨のものであった。すなわち、原告は、昭和二七年中に大阪鉄道産業株式会社に対し、みずから製造した鞄五〇〇個を売り渡したところ、岡田斧次郎は、同会社が右代金を支払わないときは、代金の内金五五〇、〇〇〇円を原告に支払う旨約したのである。右売買代金債権は、遅くとも昭和二八年一月一日から二年を経過した昭和三〇年一月一日に消滅時効によって消滅した。

したがって岡田斧次郎は消滅時効によって消滅した債務を保証したことになり、右保証債務は存在しないから、これが存在することを前提として結ばれた前記代物弁済契約は無効である。よって岡田斧次郎が宅地一二三坪三合一勺を三須はるに、売却し移転登記をしたことは原告に対する債務不履行又は不法行為にはならない。

(2)、不法行為による損害賠償請求に対して。

原告は、昭和四〇年一〇月二八日準備書面の提出によって、右請求を選択的に併合した。しかし、岡田斧次郎が前記宅地一二三坪三合一勺を三須はるに売却し移転登記をしたのを原告が知ったのは、原告が土地登記簿謄本の交付を受けた昭和三七年一月二九日である。原告は、同日本件不法行為の加害者及び損害を知ったものであるから、同日から三年を経過した昭和四〇年一月二九日限り原告主張の損害賠償債権は消滅時効によって消滅している。

(抗弁事実に対する認否)

原告が昭和二七年中に大阪鉄道産業株式会社に鞄五〇〇個を売り渡したことを認める。その余の事実を否認する。

右の売買は岡田斧次郎の仲介によってなされたのであるが、同会社の倒産によりその代金の回収が不能となったので、同人は原告に対し、その損害の内金五五〇、〇〇〇円を賠償することを約して本件契約をしたのである。

右契約によって、同人は損害賠償及び本件土地の所有権移転という新な債務を負担したのである。

(証拠)≪省略≫

理由

一  原告が昭和三〇年一月二六日岡田斧次郎と同人が原告に対して負担する金五五〇、〇〇〇円の債務の弁済にかえて、同人が国から払下を受ける原告主張の土地の所有権を原告に移転する旨の契約を締結したこと、同人が昭和三〇年八月九日国から右土地の払下を受けたことは、当事者間に争いない。

二  被告の消滅時効の抗弁について。

原告が昭和二七年中に大阪鉄道産業株式会社に対し、鞄五〇〇個を売り渡したことは当事者間に争いない。この事実に、≪証拠省略≫を総合すれば、岡田斧次郎は当時皮革製品のブローカーをしていたこと、原告は同人の仲介によって、昭和二七年中鞄五〇〇個を大阪鉄道産業株式会社に売り渡し、その代金は一、五〇〇、〇〇〇円ないし一、六〇〇、〇〇〇円であったが、同会社がその後倒産したため、内金一、〇〇〇、〇〇〇円以上が回収不能となったこと、そこで原告と同人が折衝した結果、これは同人の仲介によって原告が被った損害であるとして、昭和三〇年一月二六日に原告と同人との間において、「同人の仲介により原告の製品鞄五〇〇個を同会社へ売却した代金の内回収不能の金五五〇、〇〇〇円の損害金を同人において賠償の責を負い、同人は原告に対し賠償を履行する」旨の契約をしたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

右事実によっては、岡田斧次郎が、大阪鉄道産業株式会社が原告に買掛金債務の支払をしないときは、同人が代ってその支払をする旨の保証契約が締結されたものと解することはできないし、その他右の債務を保証債務と認めるに足りる証拠はない。右の事実によれば、原告の同会社に対する売掛代金債権のうち金一、〇〇〇、〇〇〇円を超える債権が取立不能に確定してしまったので、これは右取引から原告に生じた損害であるとして、被告は仲介した責任上、この損害の内金五五〇、〇〇〇円を填補することを引き受けることを約したものと認められるから、右契約は保証契約ではなくして、一種の損害担保契約である。損害担保契約は、主たる債務とは独立した別個の契約であるから、主たる債務への附従性がない。したがって、被告らは同会社の債務の消滅時効を援用して、原告主張の契約の無効を主張することはできない。

三  岡田斧次郎が昭和三〇年八月一一日三須はるに対して本件土地を売却し、所有権移転登記を経たことは当事者間に争いない。これによれば、同人の原告に対する本件土地の所有権移転登記義務は、同日履行不能となったものと解されるから同人は原告に対しこれによって生じた損害を賠償する義務がある。

二重譲渡によって履行不能となった場合には、損害賠償額はその物の交換価格であり、その損害賠償額算定の基準は原則として不能となった時期である。しかしこの原則を貫くことは、最近の土地価格のように目的物の価格が履行不能後値上りをつづけて来ているような場合は、履行不能時と口頭弁論終結時に著しい価格の距りを生ずることになって妥当ではない。このような場合において、債務者が目的物値上りの事情を知りまたは知りえたときは、債権者が口頭弁論終結時の価格まで値上りする以前に目的物を他に処分したであろうことを債務者において立証しない限り、債権者は口頭弁論終結時の交換価格をもって損害賠償を請求することができる。

昭和三〇年八月一一日の履行不能時における本件土地の価格が金九〇〇、〇〇〇円であることは、原告が明らかに争わないから自白したものとみなす。原告本人尋問の結果(第一回)によれば、本件土地はその後値上りをつづけて、昭和三九年一一月一三日当時においては、少くとも一坪当り金一二〇、〇〇〇円を下らないことが認められる。右認定に反する証拠はない。この事実によれば、本件口頭弁論終結当時(昭和四二年七月二九日)においては、本件土地の価格は原告主張のとおり金七万円を下らないものと推認されるから、原告主張のように本件土地の面積を一坪未満を切捨てて一二三坪として算出すると、右終結時における価格は金八、六一〇、〇〇〇円ということになる。そして現時の社会情勢によれば、岡田斧次郎は、履行不能時に価格騰貴の右の事実を知りまたは知りえたものと認めるのが相当であり、しかも原告が価格の騰貴しない前にこれを処分したであろうと予想される事情のあったことについては、被告らの主張立証がない。

四  岡田斧次郎は右金員を賠償すべき義務があるところ、原告は原告と同人との間に原告主張のような本件土地の賃貸借契約があるから、右価格の三割を損害賠償として請求すると主張して請求額を減額するから、同人は原告に対し金二、五八三、〇〇〇円を賠償する義務がある。

岡田斧次郎が昭和三六年一〇月二九日死亡し、被告岡田フクがその妻、その余の被告らがその子であることは当事者間に争いないから、被告等は同日相続により原告主張の割合をもって岡田斧次郎の原告に対する右損害賠償債務を承継したわけである。したがって原告に対し、履行不能による損害賠償として、被告岡田フクは金八六一、〇〇〇円、その余の被告らは各金五七四、〇〇〇円及びいずれもこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな主文第一項記載の日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よって原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担、仮執行の宣言について民訴法第八九条、第九二条第一項本文、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄)

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